スーパーライダーが男泣きした理由

2009年12月12日

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C_[1.JPG仕事中にも関わらず、思わずもらい泣きしそうになるぐらいグッとくるシーンが10日のリアルジャパン後楽園大会で見られた。

 第2試合終了後、半年ぶりに試合で山本裕次郎を破った仮面シュータースーパーライダーはマイクを持ち、今年6月、試合中の事故で急逝した三沢光晴さんへの思いを男泣きしながらブチまけたのだ。
 なぜライダーが三沢さんの死に対してここまで思いを抱いているのか? いまいち事情を飲み込めない客席は思わずぽカーンとした雰囲気を漂わせていたが、じつはライダーの正体である渡辺優一興義館館長は、足利工業大学付属高等学校時代、三沢さんと同級生で同じレスリング部に所属。渡辺館長がキャプテンで三沢さんが副キャプテンという旧知の間柄だったのだ。

「キャプテン、副キャプテンって言っても練習とかは先生の指示でやってましたから。こっちはバカやってただけで…ホントいっしょにね。三沢選手は学生のときからプロレスに行きたいってずっと言ってて……やっぱり三沢選手は、あれだけプロレスを愛した男ですから。その三沢選手がね……恥しのんで言いますけど、今年つらいことがいっぱいあって。4月に高校のときの恩師を亡くしまして。その2カ月後に三沢選手が亡くなって……ちょっと軽いうつ状態、引きこもりになって。試合もできないし、練習もできなくなっちゃって。10月後半ぐらいから少しずつ気持ちのほうも復活してきたんですけど、自分なんかがプロレスやっちゃいけないんじゃないかっていう思いもあるなかで、続けるにせよ辞めるにせよ、もう一回リングに上がって、ケジメはつけようと。そんな気持ちで今日リングに上がったんです」

 高校時代からプロレスに情熱を燃やし続けた三沢さんとは対照的に、渡辺館長はレスリングや修斗(シューティング)に情熱を燃やし、その傍ら冷めた感じでプロレスをこなしてきたにすぎないと述懐する。ライダーとしてリアルジャパンのリングに定期的に参戦しているが、「(格闘技の)オマケみたいな感覚だった」。

 そんななか、高校時代からの友人であった三沢さんはプロレスに全精力を注ぎ、その結果、6月13日、人生すべてを捧げる形で天へと召されてしまった。この事故により大きな衝撃を受けた渡辺館長はうつ状態になり、自問自答を繰り返す日々が続いたという。何に対しても気力が沸かない日々が続いたが、それでも旧友が愛したプロレスに自分なりのケジメをつけるため、再びリングに上がることを決断。約半年ぶりにライダーとして参戦し、試合後、リング上から三沢さんへの思いを切々と語ったのだ。

「なんか言いたかったですね、あんなことがあっても…忘れてほしくなかったっていうのがあって。あれだけの選手がああやって命をかけて、プロレスに情熱を燃やしていったわけですから。彼の残したメッセージを忘れさせないためにやっていくのが自分ら残された人間の責任だと思ったんですよ。自分と、三沢選手のスタイルとは全然違うし同じこともできない。でも、彼の愛したプロレスは単なるショーじゃなんだよっていうのは残したいですよね。命懸けの闘いなんだっていう」

 言うなれば、これまでは片手間でプロレスに取り組んでいた。だが、三沢さんの事故を経て、再びリングに上がったことで渡辺館長の腹は決まった。旧友が愛したプロレスを少しでも盛り上げるため、三沢光晴というプロレスラーが存在した事実を決して風化させないためにも、本腰をいれてプロレスに取り組む。マスクの下で流された、あの涙にはそんな決意にみちていたように感じられた。

 決して注目度は高くない試合で、いわゆる本筋の流れとはまったく関係がない。それでもリングには人間ドラマが存在する。だからプロレスは面白いのだ。(松川)
posted by 週刊プロレス at 01:48 | 日記
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